2010年03月31日
ワサビと野焼きと早春賦と~安曇野ピースウォーク・後
ワサビと野焼きと早春賦と~安曇野ピースウォーク・後
2010年3月22日(代) 参加者;jun1 木偶野呂馬 記録;木偶野呂馬

安曇野~鋭き屋根寒空を突き 麦の色青し
光城山登山口から早春賦碑までの歩きは時間の関係でスイス村までをカットしてJun1さんの車で移動し、8:35、犀川土手から歩き始める。
堤防道路は猛烈に冷たい川風が吹きつけてくるので堤防の法面を下がって歩く。1kmほど歩くと堤防が低くなり河川敷のニセアカシアの疎林の中に入る。『これが本来の犀川の堤防の高さだ』と生粋の穂高人であるjun1さんが言う。

ワサビ園~桃花紅く 水豊かに流る
この辺りはすでに大王わさび農場の一画で、やがて川床を掘って砂利を敷き詰めた上にワサビの苗をびっしりと植えたワサビ畑が現れてくる。小山のようになっている尾根状の道は、ワサビを植える苗床を掘り上げた土砂を積み上げたもので、すべて人力で築いた山と川なのだそうだ。

早春の賦碑にかかりて咲く花鮮やかに
わさび農場の中をゆっくり歩き、水車や水面に映える逆さの木々を写したりして農場を抜け、9:25,オリンピック道路の信号に到達。ここでjunn1さんが引き返す。ここから万水川を渡り景観保護地区となっている田圃の中の小道を10分ほど歩くと『水色の時』道祖神,更に10分で早春賦碑に到達。時刻9:45。

幾重にも巡る水路に 夥しき虹鱒の群を見る
3度目のコースなのですぐに引き返したが、来た通りの道を引き返さなかったために穂高川の堤防道路を下る羽目になった。穂高川の堤防下には沢山のわさび田と養鱒場があり、それぞれのための水路が無数に走っていて複雑に入り組んでいるので目の前に見えている道路に渡りたくても水路に阻まれて容易には渡れないのだ。
やむなくオリンピック道路のアーチ型の橋の下を潜り抜け、養鱒場の水路にかかる小橋を渡ってアーチ橋に乗る。この辺りから高瀬川の河川敷で大規模な野焼きをやっているのが伺えた。

彼方に見る野焼きの煙 間近に見る炎凄まじ
橋を渡ってゴミ処理場の前まで下り、田圃の道を歩いて10:20に高瀬川にかかるあづみ橋に到達。野焼きの炎と煙を見ながらあづみ橋を渡る。
野焼きはあづみ橋から下流の河川敷のヨシ原を全部焼くつもりらしく、大勢の法被姿の人達が繰り出して火の管理に当っていた。何人かは橋の手前で火を追い返す作業をしており、それは長い棒の先に大きな帯状の厚めの布切れを取りつけたもので火を消す作業で、慣れているらしく手際がよい。

越し方の山々を望みて犀川を渡れば 再び水清く
橋の上からは早朝登った長峰山と光城山がよく見えた。あづみ橋を渡って今度は高瀬川の左岸を犀川との合流点まで歩き、合流点から犀川左岸を下ると程なく犀川橋に到達,時刻10:46。
犀川橋を渡り犀川の右岸を遡る。内側が有名な御宝田の白鳥池である堤防の東側下にはいつも野菜の洗い場に使っている湧水路が走っており、ここにも養鱒場がある。

白鳥の憩う田 傍らに石の神微笑む
水路を越えて更に畑中の道を歩き、11:10頃,R19に出る。そのまま国道を宮本神社まで歩いて長峰荘に向かう。11:33登山口に戻って終了。
500mほど離れた自宅前の田圃に最近よく来るようになったコハクチョウの一群を見つけ、行程中に遭遇したように写真を並べ替える小細工をしたので写真では11:45終了となっている。
2010年3月22日(代) 参加者;jun1 木偶野呂馬 記録;木偶野呂馬


安曇野~鋭き屋根寒空を突き 麦の色青し
光城山登山口から早春賦碑までの歩きは時間の関係でスイス村までをカットしてJun1さんの車で移動し、8:35、犀川土手から歩き始める。
堤防道路は猛烈に冷たい川風が吹きつけてくるので堤防の法面を下がって歩く。1kmほど歩くと堤防が低くなり河川敷のニセアカシアの疎林の中に入る。『これが本来の犀川の堤防の高さだ』と生粋の穂高人であるjun1さんが言う。


ワサビ園~桃花紅く 水豊かに流る
この辺りはすでに大王わさび農場の一画で、やがて川床を掘って砂利を敷き詰めた上にワサビの苗をびっしりと植えたワサビ畑が現れてくる。小山のようになっている尾根状の道は、ワサビを植える苗床を掘り上げた土砂を積み上げたもので、すべて人力で築いた山と川なのだそうだ。


早春の賦碑にかかりて咲く花鮮やかに
わさび農場の中をゆっくり歩き、水車や水面に映える逆さの木々を写したりして農場を抜け、9:25,オリンピック道路の信号に到達。ここでjunn1さんが引き返す。ここから万水川を渡り景観保護地区となっている田圃の中の小道を10分ほど歩くと『水色の時』道祖神,更に10分で早春賦碑に到達。時刻9:45。


幾重にも巡る水路に 夥しき虹鱒の群を見る
3度目のコースなのですぐに引き返したが、来た通りの道を引き返さなかったために穂高川の堤防道路を下る羽目になった。穂高川の堤防下には沢山のわさび田と養鱒場があり、それぞれのための水路が無数に走っていて複雑に入り組んでいるので目の前に見えている道路に渡りたくても水路に阻まれて容易には渡れないのだ。
やむなくオリンピック道路のアーチ型の橋の下を潜り抜け、養鱒場の水路にかかる小橋を渡ってアーチ橋に乗る。この辺りから高瀬川の河川敷で大規模な野焼きをやっているのが伺えた。


彼方に見る野焼きの煙 間近に見る炎凄まじ
橋を渡ってゴミ処理場の前まで下り、田圃の道を歩いて10:20に高瀬川にかかるあづみ橋に到達。野焼きの炎と煙を見ながらあづみ橋を渡る。
野焼きはあづみ橋から下流の河川敷のヨシ原を全部焼くつもりらしく、大勢の法被姿の人達が繰り出して火の管理に当っていた。何人かは橋の手前で火を追い返す作業をしており、それは長い棒の先に大きな帯状の厚めの布切れを取りつけたもので火を消す作業で、慣れているらしく手際がよい。


越し方の山々を望みて犀川を渡れば 再び水清く
橋の上からは早朝登った長峰山と光城山がよく見えた。あづみ橋を渡って今度は高瀬川の左岸を犀川との合流点まで歩き、合流点から犀川左岸を下ると程なく犀川橋に到達,時刻10:46。
犀川橋を渡り犀川の右岸を遡る。内側が有名な御宝田の白鳥池である堤防の東側下にはいつも野菜の洗い場に使っている湧水路が走っており、ここにも養鱒場がある。


白鳥の憩う田 傍らに石の神微笑む
水路を越えて更に畑中の道を歩き、11:10頃,R19に出る。そのまま国道を宮本神社まで歩いて長峰荘に向かう。11:33登山口に戻って終了。
500mほど離れた自宅前の田圃に最近よく来るようになったコハクチョウの一群を見つけ、行程中に遭遇したように写真を並べ替える小細工をしたので写真では11:45終了となっている。
2010年03月31日
Takeruの登山デビュー~安曇野ピースウォーク・前
Takeruの登山デビュー~安曇野ピースウォーク・前
2010年3月22日(代) 参加者;Takeru父子,jun1,木偶 記録者;木偶野呂馬

春分の日は春雷の轟く荒れた天候となり、安曇野ピースウォークは22日に順延した。前日とは打って変わって無風快晴で里山歩きには絶好の天候と思われた。
参加者はnobouの他、冒険学校会員で小学1年生のTakeruとその父の計3名で、Takeruにとっては早朝の長峰山~光城山登山が初めての登山となる。これに光城山でjun1さんが合流することになっている。

5:00,放射冷却の厳しい寒さの中,長峰荘近くの登山口を出発。ヘッドランプを頼りに暗い山道を登り始める。頭上に夏の大三角形を仰ぐ。冷え込みがきつく吸い込む空気の冷たさに喉が痛くなるほどで鼻で呼吸をするようにと指示するが、いきなりの急坂ではこちらも口が開いてしまう。5:30頃,空がしらみ始めランプ不要となる。

武の歩調に合わせて小刻みに何度か休み、1時間で林道に到達,日の出に間に合うようにと急かせて6時04分に登頂。展望台に登って待つこと8分で日の出となる。
腹に何か入れたいが座って食事できる気温ではないので光城山まで行ってから食べることにする。6:30発天平の森通過。

長峰山から光城山までは約1時間の行程だが、早朝から1時間あまりの急登と空腹でいささかつかれ気味のtakeruは『疲れた!』を連発,途中で動けなくなって道に寝転がったりしながらも1時間ほど歩いて7:13光城山着。朝日の当たる場所を選んで朝食を摂る。

Takeruがこの後どの程度歩けるかは本人の体力とやる気次第と言うことになっており、休んで元気を取り戻したかにも見えたが、Takeru父はここまでと判断したようで下山口に母親を呼ぶ電話をかけ、本人は後は下るだけと分かるとケロッとして元気よく歩き始める。子どもの登山なんてこんなものだろう。無理強いして登山嫌いにさせないことだ。

山頂でJun1さんと合流した後、早々に下山して安曇野ピースウォーク前半の早朝登山を終了。武君,早朝から寒い中,よく頑張った。またネッ!
ここから早春賦碑までの歩きは時間の関係でスイス村までをカットしてJun1さんの車で移動し、犀川土手から歩くことにする。
2010年3月22日(代) 参加者;Takeru父子,jun1,木偶 記録者;木偶野呂馬


春分の日は春雷の轟く荒れた天候となり、安曇野ピースウォークは22日に順延した。前日とは打って変わって無風快晴で里山歩きには絶好の天候と思われた。
参加者はnobouの他、冒険学校会員で小学1年生のTakeruとその父の計3名で、Takeruにとっては早朝の長峰山~光城山登山が初めての登山となる。これに光城山でjun1さんが合流することになっている。


5:00,放射冷却の厳しい寒さの中,長峰荘近くの登山口を出発。ヘッドランプを頼りに暗い山道を登り始める。頭上に夏の大三角形を仰ぐ。冷え込みがきつく吸い込む空気の冷たさに喉が痛くなるほどで鼻で呼吸をするようにと指示するが、いきなりの急坂ではこちらも口が開いてしまう。5:30頃,空がしらみ始めランプ不要となる。


武の歩調に合わせて小刻みに何度か休み、1時間で林道に到達,日の出に間に合うようにと急かせて6時04分に登頂。展望台に登って待つこと8分で日の出となる。
腹に何か入れたいが座って食事できる気温ではないので光城山まで行ってから食べることにする。6:30発天平の森通過。


長峰山から光城山までは約1時間の行程だが、早朝から1時間あまりの急登と空腹でいささかつかれ気味のtakeruは『疲れた!』を連発,途中で動けなくなって道に寝転がったりしながらも1時間ほど歩いて7:13光城山着。朝日の当たる場所を選んで朝食を摂る。


Takeruがこの後どの程度歩けるかは本人の体力とやる気次第と言うことになっており、休んで元気を取り戻したかにも見えたが、Takeru父はここまでと判断したようで下山口に母親を呼ぶ電話をかけ、本人は後は下るだけと分かるとケロッとして元気よく歩き始める。子どもの登山なんてこんなものだろう。無理強いして登山嫌いにさせないことだ。


山頂でJun1さんと合流した後、早々に下山して安曇野ピースウォーク前半の早朝登山を終了。武君,早朝から寒い中,よく頑張った。またネッ!
ここから早春賦碑までの歩きは時間の関係でスイス村までをカットしてJun1さんの車で移動し、犀川土手から歩くことにする。
2010年03月24日
赤城山
黒檜山~駒ケ岳
2010年3月20日 群馬県赤城山 記録者 はら坊
『赤城山に行かない?』副隊長から誘いが入った。
即OKの返事を返したが、「21日?何か予定があったような気がしたな・・・」
手帳を見返したら予定は20日でホッとした。
が、今月に入り仕事が詰っていて毎日9時まで仕事、家に帰れば10時
体の疲れもピークに達している。
20日もお客様とゴルフ場に芝刈りに、夜には打ち上げで疲れた体にアルコールを入れてしまった。
「明日無理かもしれません。」と書き込んでは見たが、音沙汰が無い。
21日の朝になり、雨が落ちている。「中止かな?」とメールを飛ばす。
『もうじっちゃんと合流したよ』と返事が来た。
二日酔い気味の体を無理やり起こし、身支度をして出発する。
若干遅れ気味で到着し登山口に向う。
副隊長と事前にルートを模索していたが、黒檜山に登り駒ケ岳経由で下山するルートを選んだ。黒檜山の急登に取り付いたらイキナリ体が悲鳴を上げる。後ろで『酒臭い』と副隊長が呟く。
何時もは、俺の言うせりふだが・・・と思いながらも歩みを進める。
直に雪と氷の世界になり、アイゼンを装着する。
時折ガレた岩場を越え尾根づたいを歩き漸く駒と黒檜山の分岐に付く。
山頂では既に隊長が待っている。いつの間にか隊長に追い越されてしまっている。
勇輝に追い越されるのも時間の問題だな・・・嬉しいような悲しいような・・・
山頂は風が強く展望も無いので写真を撮りおやつを食べ駒ケ岳に向う。

駒ケ岳に向うまでは木製の急な階段を下る。降りきると大ダルミとなり再び駒ケ岳に登る。ここからは大した登りではなく直に駒ケ岳山頂に到着。
駒ケ岳からは永遠階段を降る、階段も所どころ凍っていて危ないが無事大洞側登山口に下山。
車止めに戻る途中、赤城神社に参拝して温泉に向った。
遅い昼食は皆に無理を言い赤城インターチェンジ近くのあじ蔵という食堂に付き合って貰った。
副隊長が心配そうに『ここ高いんじゃない?』と言うので、「それ程でも」と言いラーメンと海鮮丼のセットをたいらげながら、『次は百名山と一等三角点を持つ地蔵岳を遣ろう。』『榛名の最高峰と三角点を持つ榛名富士を一日で遣ろう。』などと約束をして解散となった。
2010年3月20日 群馬県赤城山 記録者 はら坊

即OKの返事を返したが、「21日?何か予定があったような気がしたな・・・」
手帳を見返したら予定は20日でホッとした。
が、今月に入り仕事が詰っていて毎日9時まで仕事、家に帰れば10時
体の疲れもピークに達している。
20日もお客様とゴルフ場に芝刈りに、夜には打ち上げで疲れた体にアルコールを入れてしまった。
「明日無理かもしれません。」と書き込んでは見たが、音沙汰が無い。
21日の朝になり、雨が落ちている。「中止かな?」とメールを飛ばす。
『もうじっちゃんと合流したよ』と返事が来た。
二日酔い気味の体を無理やり起こし、身支度をして出発する。
若干遅れ気味で到着し登山口に向う。
副隊長と事前にルートを模索していたが、黒檜山に登り駒ケ岳経由で下山するルートを選んだ。黒檜山の急登に取り付いたらイキナリ体が悲鳴を上げる。後ろで『酒臭い』と副隊長が呟く。
何時もは、俺の言うせりふだが・・・と思いながらも歩みを進める。
直に雪と氷の世界になり、アイゼンを装着する。
時折ガレた岩場を越え尾根づたいを歩き漸く駒と黒檜山の分岐に付く。
山頂では既に隊長が待っている。いつの間にか隊長に追い越されてしまっている。
勇輝に追い越されるのも時間の問題だな・・・嬉しいような悲しいような・・・
山頂は風が強く展望も無いので写真を撮りおやつを食べ駒ケ岳に向う。



駒ケ岳に向うまでは木製の急な階段を下る。降りきると大ダルミとなり再び駒ケ岳に登る。ここからは大した登りではなく直に駒ケ岳山頂に到着。
駒ケ岳からは永遠階段を降る、階段も所どころ凍っていて危ないが無事大洞側登山口に下山。
車止めに戻る途中、赤城神社に参拝して温泉に向った。
遅い昼食は皆に無理を言い赤城インターチェンジ近くのあじ蔵という食堂に付き合って貰った。
副隊長が心配そうに『ここ高いんじゃない?』と言うので、「それ程でも」と言いラーメンと海鮮丼のセットをたいらげながら、『次は百名山と一等三角点を持つ地蔵岳を遣ろう。』『榛名の最高峰と三角点を持つ榛名富士を一日で遣ろう。』などと約束をして解散となった。
タグ :群馬
2010年03月08日
冬季 前白根山~奥白根山
冬季 前白根山~奥白根山ピストン
2010年3月7日 栃木県日光市 白根山 記録者 あっちゃん
今回は、前から考えていた女峰山に続き奥白根山に登頂してきました。
結構ハードな行程なので深夜2時30分に起床
いつもの如く愛車に乗り込み、日光湯元温泉へ・・・
天気予報は雪でしたが、生憎の雨模様・・・・
テンションがた落ちです。
駐車場の車の中でいろいろ考えを巡らし夜明けまで待って雨なら撤退、雪に変われば決行と決め仮眠します。
薄明るく成り始めたころみぞれになり路面もやや白くなり始め、あまり気分が乗らないのですが出発の準備を始めます。
5時50分
みぞれの中を歩き始めます。
スキー場の雪質はザラメ状で隅っこを歩くと時々膝までもぐって、あまり良い状態ではありません。
ゴアの合羽を羽織っていたのですが登山口付近では異様に暑く感じられ脱ぎました。
6時34分
ここから外山尾根までの急登が第一関門
天気は良くないし、暑いし、疲れるし、時々落とし穴に嵌るし、汗が目に入って痛いし
何度も戻ろうかなどと考えつつも体は上へと動き出すのでした。
ナンヤカンヤで8時09分外山尾根に到着
ここまでくれば前白根山までは一息です。
でも、急登はまだ続きます。
喘ぎながら殆どトレースの消えた雪の急斜面を登り何度も最中雪の落とし穴に掴まり、そのたびに体力が奪われていき、またここでも「ヤッパ戻るかな~」などと思いつつも歩き続け前白根山山頂に9時24分到着



この先はまだ歩いたことが無い未知の世界です。
相変わらずガス濃く、湿った雪が降り続いています。
白錫尾根を少し歩いて避難小屋へ
ここでも落とし穴が沢山あり、腿が攣りそうです・・・・。
10時00分避難小屋到着
始めて見る避難小屋の外観は比較的きれいで驚きました。
雪で閉ざされ中の様子は伺うことが出来ず残念でしたが
とりあえず先を急ぐことに
暫く谷を登ると奥白根山の表示があり今回はここにザックをデポして頂きを目指すことにします。
GPS、デジコン、三脚、携帯電話をポケットに入れて山頂に向かって最短ルートで直登します。
上部の急斜面では10m登っては深呼吸をするようなペースでなかなかきついです。
11時09分待望の奥白根山山頂に到達しました。



ガスと雪は相変わらずで展望は殆ど無く以前に登った菅沼ルートが少しだけ見えて感慨深いです。
どんどんガスが濃くなるようなので長居は無用、とっとと下山です。
登りでは辛かった斜面もシリセードで楽チン!
1時間近く掛かった所が立ったの15分!
デポしたザックに戻り腹ごしらえして帰路に着きました。
13時54分車に到着。
悪天とこのところの天候不順で思うようにトレーニング出来ていなかったため正直辛い山行でした。
でも、時間的には女峰山の時より早かったんですよね・・。
なんか、不思議な感じです。
まっ、いっか~!!
今度はどこに行くべかな~!
2010年3月7日 栃木県日光市 白根山 記録者 あっちゃん
今回は、前から考えていた女峰山に続き奥白根山に登頂してきました。
結構ハードな行程なので深夜2時30分に起床
いつもの如く愛車に乗り込み、日光湯元温泉へ・・・
天気予報は雪でしたが、生憎の雨模様・・・・
テンションがた落ちです。
駐車場の車の中でいろいろ考えを巡らし夜明けまで待って雨なら撤退、雪に変われば決行と決め仮眠します。
薄明るく成り始めたころみぞれになり路面もやや白くなり始め、あまり気分が乗らないのですが出発の準備を始めます。
5時50分
みぞれの中を歩き始めます。
スキー場の雪質はザラメ状で隅っこを歩くと時々膝までもぐって、あまり良い状態ではありません。
ゴアの合羽を羽織っていたのですが登山口付近では異様に暑く感じられ脱ぎました。
6時34分
ここから外山尾根までの急登が第一関門
天気は良くないし、暑いし、疲れるし、時々落とし穴に嵌るし、汗が目に入って痛いし
何度も戻ろうかなどと考えつつも体は上へと動き出すのでした。
ナンヤカンヤで8時09分外山尾根に到着
ここまでくれば前白根山までは一息です。
でも、急登はまだ続きます。
喘ぎながら殆どトレースの消えた雪の急斜面を登り何度も最中雪の落とし穴に掴まり、そのたびに体力が奪われていき、またここでも「ヤッパ戻るかな~」などと思いつつも歩き続け前白根山山頂に9時24分到着



この先はまだ歩いたことが無い未知の世界です。
相変わらずガス濃く、湿った雪が降り続いています。
白錫尾根を少し歩いて避難小屋へ
ここでも落とし穴が沢山あり、腿が攣りそうです・・・・。
10時00分避難小屋到着
始めて見る避難小屋の外観は比較的きれいで驚きました。
雪で閉ざされ中の様子は伺うことが出来ず残念でしたが
とりあえず先を急ぐことに
暫く谷を登ると奥白根山の表示があり今回はここにザックをデポして頂きを目指すことにします。
GPS、デジコン、三脚、携帯電話をポケットに入れて山頂に向かって最短ルートで直登します。
上部の急斜面では10m登っては深呼吸をするようなペースでなかなかきついです。
11時09分待望の奥白根山山頂に到達しました。



ガスと雪は相変わらずで展望は殆ど無く以前に登った菅沼ルートが少しだけ見えて感慨深いです。
どんどんガスが濃くなるようなので長居は無用、とっとと下山です。
登りでは辛かった斜面もシリセードで楽チン!
1時間近く掛かった所が立ったの15分!
デポしたザックに戻り腹ごしらえして帰路に着きました。
13時54分車に到着。
悪天とこのところの天候不順で思うようにトレーニング出来ていなかったため正直辛い山行でした。
でも、時間的には女峰山の時より早かったんですよね・・。
なんか、不思議な感じです。
まっ、いっか~!!
今度はどこに行くべかな~!
タグ :栃木