信越トレイル・牧峠~梨平峠偵察
信越トレイル・牧峠~梨平峠偵察・1
11月29日(日) 記録者:木偶野呂馬 参加者:まるまる&木偶 天候:曇り
1;牧峠へ
11月3日・文化の日に新潟のMarumaruさんと関田峠から鍋倉山までを歩く計画で新潟,長野の双方から関田峠を目指したものの、新潟側は上越市の光ヶ原牧場で30cmの積雪、長野側も飯山温井付近の猛吹雪で関田峠まで乗り入れることが出来ず断念。11月29日(日)に再度鍋倉山を目指したが、すでに道路が閉鎖されてこの日も関田峠に近づくことが出来なかった。
そこで情報収集のために鍋倉高原・森の家に寄ったところ、牧峠を通る道は道路閉鎖が無く積雪さえなければ通れると言うことがわかり、その峠方面に車を走らせる。
11時頃牧峠に着くと、それまでブナに覆われた山や尾根を見上げていたのが一変して、一切の壁が取り払われた景観を鳥の目で見下ろすこととなる。 春日山や直江津港方面は霞んでいて写真にならなかったが、その霞が海岸線から立ち上がって米山,黒姫山と続く山なみを墨絵のように背景の空に溶けこませているのが印象的である。
眼下には日本海に向けて急速に高度を下げる関田山脈の山裾の斜面を切り開いた棚田と集落が入り混じった景色が広がり、それは海岸線のすぐ近くまで続いていて、市街地と言える部分は海岸線のごくわずかであることがよく分かる。
海岸線に吸い寄せられた視線が左手(北北西)方向に春日山のある低い丘陵から直江津港の長い突堤をなぞり、さらに右(北北東~北東)に視線を進めるとに三階節に歌われる米山が見えてくる。
米山からさらに東に向かって低いながらもきれいな稜線が連なる中でひと際目立つ秀麗な山をMarumaruさんは『黒姫山』だと言った。その山名が、5月17日に鍋倉山に登った際に途中の黒倉山で新潟からの登山者に聞いた説明とまったく同じであることが、その時見た景観とともにまざまざと甦って来たことにちょっと驚いた。
峠の一隅に『峠越す荷馬の難所も林道に拠りて湯の町信濃は近し』と書かれた歌碑があり、林道に拠って峠を越え信濃の湯の里が近くなったことを素直に喜んでいる様子が伺えた。
新潟県人であるMarumaruさんは『牧峠,梨平峠,関田峠などの地名はすべて新潟側(上越市)の地名に由来している』と言う。牧峠に限らず、関田山脈を越えて越後と信州を結ぶ往来の峠には特に越後の人の思いが込められているのかもしれない。
2;牧峠から梨平峠へ
関田峠を諦めた代わりに思いがけず牧峠から信越トレイルにアクセスすることが出来たので少しだけ歩いてみようと言うことになり、車中で昼食をすませて12:00に梨平峠を目指して歩き始める。
牧峠から梨平峠までは2.4km,関田峠までは4.5kmで、時間的に関田峠までは無理ではないがちょっと厳しいか・・。
峠に何人かの人がいた他に何台かの車もあったが、残雪には靴跡がなくコース前方は無人。初めにややきつい階段があってなまった脚にはこたえるが、すぐに登りきって以後は起伏のゆるやかな道となり少しづつ高度を上げるに伴って雪が増えて来る。
雪面には肉球のある足跡,カモシカのものらしい2本爪の足跡の他,これまでに見たことのない肉球とも爪跡とも判別のつかない連続した足跡が見られた。
道の両脇はすべてブナの林で、比較的大きな木もあるが、稜線のそれらしく丈が低くて上部がひょろひょろと縮んだものも見られる。足元の倒木を覆う苔の緑が美しい。
12:20,標識のある小さな池(牧の小池)のほとりに着く。牧峠から0.9km,関田峠に3.6kmとある。
続く